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森が消えた

自宅近くに合志南小学校という娘たちが通った小学校があるが、 その裏山があれよあれよという間になくなった。 こんもりとした森が切り開かれて阿蘇が間近に見え、 光の森の街が眼下に見える。 裏山の入口に行って見るとダイワハウスの看板が立ててあって この付近が宅地になると書いてある。 2年前に死んだパグ犬のカシキとよく散歩に行ったし 榊を採ったりした森である。 すっかり明るくなり、道を隔てた泉ヶ丘団地まで明るく感じる。 間もなくここにも家が建ち若い人が住み移って来るのだろう。 我が家もこちらに移って20数年、 高台にあるので確かに日当たり最高、快適に暮らしてきたが、 いつか車が使えない年齢となったとき 買い物難民となりはしないか、 それが切実な心配である。

熊本城マラソン

事務所のスタッフK氏が熊本城マラソンに参加した。 53 才であるがフルマラソンに挑戦した。 聞くと 20 ㎞は走ったことがあるがフルマラソンは走ったことがないとのことであった。 私にも自衛隊時代に持久走と呼ばれる中長距離の経験があって 挑戦する気持ちがよくわかる。 応援場所を流通団地付近に決め、 車が混むのを予想して早めに着き、友人の税理士事務所の駐車場で待った。 車載テレビで中継を見て9時の号砲でコースの道路側に立つと、 しばらくして 30 ㎞マラソンの選手がすばらしいスピードで駆け抜けた。 フルマラソンの選手はちょっと遅れての出走だったが地下選手 1003 の番号がチラッと見えた。 後は来るは来るは、なんせ9千人が走ってくるのだから目が追いつかない。 「所長!」の声で我に返るとK氏が後戻りしてきた。 普段の服装とは違う立派なランナーだ。 「トレパンが暑いので脱ぎます。後、よろしく」 「わかった。無理せんごつ」 あっという間の出来事だが出会えてよかった。 ・・・で結果は、なんと5時間47分25秒の完走。良かった良かった。

3丁目の夕日

週末は3D映画の「 3 丁目の夕日」を見に行った。 家内と娘はすでに見ていて 「ハンカチ持っていった方がいいよ」と言っていたが、 1,2 作とも見ていたし予告編で一応の予測もあって、 むしろ3Dの効果を期待して行った。 ストーリーのポイントは三つあって、 鈴木オートに勤めている六ちゃんの恋、 ヒロミの出産そして茶川先生と引き取った淳之介少年との関係である。 この三つのストーリーを通して気がついたことがある。 それは3丁目の人たちが他人のことを自分のことのように思い心配しているのだ。 もしかしたら当時は本当にそんな時代だったのかもしれない。 翌朝、家内が起きがけに頭痛がするというので 頭と肩をマッサージしてやった。 揉んで貰いながら 「 3 丁目の夕日を見て、優しいお父さんになろうと思ったと?」と家内が言った。 ・・・いつも揉んであげてるでしょうが。

恵方巻き

2 月 3 日、帰宅したら家の中が酸っぱい匂いがしていた。 「今日は節分だから恵方巻きにした」と家内が言った。 見ると食卓に海苔巻きが1本ずつお皿の上に置いてあって   「今年は北北西だから、 この方角よ。願い事をしたら食べ終わるまでしゃべったらだめよ」 と言いつつほおばり始めた。 「そうなんだ」と答えて、 ちょっぴり緊張しつつ結構大きいので時間をかけて無事食べ終わり、 みそ汁に移ろうとしたとき 「お味はどうでしたか?」と聞いてきた。 その瞬間緊張がとけて、 誰がこの巻き寿司を作ったのかすっかり忘れてしまった。 「うん、普通だよ。感動!と言う美味しさではなかったね」と言ってしまった。 しばらくの沈黙のあと 「よう言えたね。来年から作らん!」 一緒になって 33 年、一瞬の気のゆるみが出てくるのよね。

1月

早くも1月が終わる。 神棚や駐車場の観音様に正月だけお供え花として 南天の実を差しているのだが、それも下げる。 2月に入って16日から確定申告が始まり、 あっという間に3月となる。 その3月の8日、前期高齢者と呼ばれる 65歳の誕生日となる。家内に言わせると 「年のことばかり言う人は余計老けてくる」 とのことだが 実は自分では65歳が高齢者という実感がない。 毎日出勤し週末も何かしら仕事をしているからだろうか。 今日見た「さんまのからくりテレビ」 で 100 歳を超えた会社の相談役が 自分の夢はゴルフのエイジシュートを達成することだ と言っていたけれど、 そんな夢を持つことが高齢になっても活き活きした人生を 送るコツなのだろう。 この人の歳になるまで35年かかる。