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本当のマイナンバーの呼び方

  来年から、いよいよマイナンバー制度が始まる。 考えていけばいくほど大丈夫かと心配になる。 そもそもマイナンバーという呼称にしても 官僚の意図を感じる。 マイカー、マイホーム、マイブームと マイをつけるのは、 自分が選んで自分だけの為に 使うという意味で使われているものだ。 市役所で顔も見られずに勝手に付けられて 「あなたの番号よ」と言われても 「マイ」とは言えない。 しかも自分のためになるのかというと、 やれ「人に知られるな。落とすな。 書き間違いするな。あれにもつけろ、 これにもつけろ、ネットでのウイルス防御のため 強烈なファイアーウォールを付けろ、と、 自分のことは棚に上げて、やかましくいう。 それについての助成金はあるのかと聞くと、 予算がないから消費税を上げるのです、と答える。 そして国が発注する IT 企業には しっかり自分たちの OB が天下りしている。 実は、本来の番号法の名称は 「行政手続きにおける特定の個人を 識別する ための番号の利用に関する法律」なのである。 どこにもマイナンバーなどと優しい雰囲気はない。 つまりこの正式名称を短く、 解りやすくするとすれば 「個人識別番号」 と呼ぶべきでどこにもマイナンバーと 呼べる要素はないのである。 関東、関西では偉い評論家にセミナーを 依頼している団体が現れて来たという。 来年から支払調書に先生の マイナンバーを書かないといけない。 その団体がまともな団体ならいいが 講演料と引き換えに先生は

十大事件

12 月も中旬となり、 社内の忘年会も終わって、 これから一気に年末へと向かっていく。 この一年、自分の中での十大事件といえば ①イスラム国の後藤健二さんと湯川遥菜さんの殺害 ②ロシアのクリミヤ侵攻 ③黒猫チッチの登場 ④南沙諸島への米艦艇派遣 ⑤安保法の可決 ⑥ TPP 合意 ⑦パリのイスラム国テロ ⑧マイナンバー配布 ⑨事務所の外装全面塗装 ⑩消費税の食品軽減税率とインボイス採用案、     となるだろうか。 ①のイスラム国による日本人 2 名殺害は 安倍総理の不用意な 2 億ドル支援発言の 言質を取られてしまった。 ⑦のパリ同時テロで日本と言えども テロの危険性があるとの認識が高まった。 ②のロシアのウクライナやクリミヤへの侵攻 ④の中国の南沙諸島支配で やはり体質の違う国は怖いと言う印象を強くした。 ⑤の安保法の可決 ⑧のマイナンバー実施で国民の緊張を 強いる体制を強固にしたい安倍政権の意図を感じる。 ⑩の消費税軽減税では、なんでこんなところで 意地を張るのかと公明党の選挙の集票力を バックにした脅しの力を再認識した。 日本は選挙が多く結局、中途半端な政策しか 出来ないと言う意見もある。 ⑥はやっぱり自動車と工業製品が 保護され農業は自助努力への思想転換を強制される。 ③のチッチ登場と ⑨の塗装はまったく個人的な事件で チッチのおかげでまたも週末出勤となり ⑨の塗装により事務所が雨風から少しでも 長持ちできればという事件であった。

昨年の今

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  今年も 12 月に入ってしまった。 去年の 12 月は何を話題にしたのかと 思ってこの原稿をさかのぼってみたら、 8 日にフジ夫が亡くなっていた。                                          初代のぶち猫である。 一月ほどたった後日 『もし次の猫が舞い込んできたら、 おそらく「今度は君か」と抱き上げると思う。 あえて欲しいとは思わないが 野良猫として迷い込んだきたら受け入れると思う』 と、フジ夫を偲んだとき書いている。 その「今度は君か」が黒猫チッチである。 思えば試しに置いたエサを カラスが食べた のか、 猫だったのか、 濡ら したコピー用紙をエサ皿の 下に置き、 翌日確かめたら 肉球のあとが大小四つ、 これがチッチとの出会いであった。 最近は「エサくれ」と出社したばかりの 私の足に伸び上がってニャーニャーと 歩くことさえ出来ないばかりの要求の仕方である。 そこまでやるのなら、 こちらの要求にも応えてよと 抱っこしようとかかえたら 「そこまで許したわけじゃない」と、 手でつっぱり、足で蹴る。 こんな感じで 12 月も終わっていくのだろうか。

チッチだっこ

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  土曜の夕方、末の娘が   チッチに会いたいと 言うので事務所に連れて行った。 駐車場に入ると、 黒い影がフェンスに沿って スルスルっと走ってくる。 「チッチ、いたのね。かわいイイイ」 娘が裏声で叫ぶ。 車から降りると先に降りた娘の足元に、 もつれる様に擦り寄っている。 エサを貰えそうなヤツだったら誰でもいいのか。 臆病なくせに、 ここまではパフォマンスできるのだ。 部屋のなかに入って、 エサをいつもの量やって、 「もっとくれ」 と言い寄って来たとき、 それならばと首根っこつかんで抱き上げてみた。 瞬間ふんわりと腕の中に納まったかと思った時、 「それはない!」 とばかりバタつかれて、放してしまった。 しかし、いつもより手ごたえがあったので 娘にシャメルの準備をさせ、 「せーの」で撮って貰ったのがこのスナップである。 ほんの数秒ではあるが 確かに我が胸にいだかれていたのではある。 迷惑だったろうけど。

チッチなう

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  黒猫チッチは元気である。 足の傷も 赤みが消え、 すっかり治ったようだ。 どこをねぐらにしているか分からな いが、 毎日エサを求めて出勤してくる。 車を止めエンジンを切ると フェンスから 飛び出してくるか 倉庫側からすり寄ってくるか、 どっちにしても遠巻きにしながらも 最後は足下にすり寄ってくる。 先日、家内が吉原橋から上にあがる 工事現場付近で見かけたと言ったが、 その付近にねぐらがあるのだろうか。 もしそうならかなりの距離である。 今、事務所の壁の塗装中であるが、 ちょっとの物音で逃げようとする。 フジ夫の時はこれほどではなかった。 部屋の中で餌を食べるころにはビクビクせず、 むしろ隙があれば居座ろうとして 書棚に潜り込んでいた。 ダッコも拒否せず、のどを鳴らしていた。 いまだにチッチはダッコをさせてくれない。 襟首をつかんで腕の中に 抱えようとするが放せと、 もがく。 「エサは貰っても心は許さない!」 ということなのだ。 首輪の「うちの猫」宣言も片思いなのである。