考えてもみなかった

 


熊日新聞の「タウンパケット」欄に子猫譲ります、



だの保健所期限切迫だの



写真入りの記事を見ると胸がきゅんとなる。




先日、男性スタッフM氏が



「この子が話していた飼主募集中の子猫です」



と言ってスマホを見せてくれた。




生後1ヶ月ほどの子猫の兄弟で



フジ夫と同じブチ猫である。




すると横合いから総務のI女史が



「今の猫は餌がいいから20年ほど生きます。



所長はあと何年生きますか?」



飲んでたコーヒーを吹き出しそうになった。




考えてもみなかったが言われてみれば、



猫に20年の寿命があったら



自分は88才になっている。




88才で末期の猫を看取り



荼毘に付してあげられるか。




フジ夫の時は夜も明けない未明から、



小水の始末で床をごしごし拭き、



遺体を布で巻き、ペット霊園へ運び、



火葬からお葬式まで、身体を気遣うことなく、



半日動き回って疲れなかった。




あれはフジ夫が白血病で



たった2年の生涯だったからなのか。



20年ともなると、飼主も88才。



これでは、むしろ見送られる方であろう。



とすると残されたペットはどうなる。



私が見るよと言ってくれる人がいれば別だが、



自分一人だったらと思った時、



もはや自分には飼主たる資格が



なくなったのだと思うべきなのか。











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