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寺本圭佑ライブショー

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  週末の土曜日、 八千代座交流施設で寺 本圭佑さんのライブがあった。 関与先 のWさんの企画で、 「ぜひ」と言われ るままにチケットを買った 。 正直に言 えば、素人に少し毛が生えたくらいの、 カラオケ名人の発表会ではないかと思 っていた。 ところが、会場に入り歌が 始まると、 そんな先入観はすぐに消え た。 さすがにプロである。 売れている、売れていないという物差しとは別に、 二時間を一人っきりで持たせる力がある。 百人ほどの観客を前に、 歌い、語り、笑わせ、ときにはしんみりさせる。 その間、空気を一度も手放さない。 歌が上手いだけでは、人は二時間も座ってくれないのだろう。 おしゃべりの間、曲に入る呼吸、客席への目配り、 その一つ一つが仕事だった。 考えてみれば、私たちの仕事も同じかもしれない。 資格や知識があるだけでは足りない。 相手を退屈させず、安心させ、来てよかったと思ってもらう。 寺本さんの舞台を見ながら、「プロとは何だろう」と、 思いがけず勉強させてもらった土曜日だった。 帰り道、最初の軽い気持ちは全く消えて、 翌日の日曜日は鉢巻して頑張ったもんね。

もう1週間

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  総務の女性の日報に 「チョッピリ 社説お願いします」と書いてあっ た。 また1週間がすぎたのだ。 毎 週書いていると、一週間というも のは本当に早い。 ついこの前、原稿を渡したばかりのような気がするのに、 もう次の回が来ている。 朝、私は早い。 まだ静かな部屋の灯りをつけ、 ポットの水を替えスィッチを入れる。 五つの日暦をめくり玄関の植木鉢の花を見て、 神棚のお水と榊の水を替え、 柏手を打って変わりないことを祈り、 机に向かい、みんなの日報をチェックする。 しばらくすると一人、 また一人と出社してきて、 「おはようございます」の声がかかり 「おはようございます」を返す。 電話が鳴り始め、パソコンの音が重なり、 いつもの一日が動き出す。 そんな毎日を何十年も繰り返してきた。 若い頃は一週間がこんなに早いとは思わなかった。 次の仕事、次の予定ばかりを追いかけていたような気がする 。 今はむしろ、何事もなく皆が揃い、 仕事が始まる朝をありがたいと思うことが増えた。 長く生きていると、特別な出来事よりも 、 こうした普通の日々の方が心に残る。 この「チョッピリ社説」も、 そんな日々の小さな記録なのかもしれない。 一週間は早い。 だからこそ今日一日を、少し丁寧に過ごしたい。 さて、原稿はできた。 総務の女性も、これでひと安心だろう。

猫たちの墓標

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 書く題材がどうしても思いつ かない日がある。 そんなとき、 私は猫たちに助けてもらう。 生きている猫だけではない。 昔、事務所にいてくれた三匹 も、 いまもなお立派な「執筆 協力者」である。 三匹は、事 務所の駐車場の隅に立つ観音様の足元で眠っている。 そこに小さなお墓を置き、勤行と称して手を合わせてきた。 ところが雨にも負け、風にも負け、 熊本の強い日差しにも負けて、 ずいぶんぼろぼろになってしまった。 そこで新調したのが写真のお墓である。 黒い台座に写真と名前と、ひと言そえてあり、 なかなか立派な仕上がりで、私は大いに気に入っている。 ところが説明をよく見ると「室内用」とある。 なるほど、雨ざらしではまたも廃棄処分になりかねない。 そこで今は、三つ仲良く応接室の窓際に並んでいる。 来客を迎える役まで引き受けてもらった格好だ。 とはいえ、やはり眠っている観音様の足元に置いてやりたい。 適当な大きさの箱に入れ、 雨風をしのげるようにしたらどうだろう、と考えている。 試しにセカンドストリートで一つ買ってみたが、 どうもしっくりこない。 生前、猫達の家にも工夫していたが、 猫のお墓の家にもやっぱり注文が多くなる。 三匹もきっと観音様の足元で、 「あたしたちはどうでもいいんだけど」 と笑っていることだろう。