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確定申告

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 なんとか確定申告が終わった。 毎回資料提供が遅れる顧客様は 決まっている。 ギリギリで緊張 しながら申告書をチェックすることになる。 めったにないことだが今年は翌日から体 調を崩し 翌々日は喉に激痛が走 り寝込んでしまった。 幸いすぐ に回復し例年どおり反省会と打上会には参加できた。 近年AIが発達し、 電子申告やら電子申請やらで紙での提出が減らされてきた。 建設業の経営審査の申請のように電子申請に限られるものも出てきた。 当社でも私を含めベテランスタッフが戸惑うなか、 若いスタッフが生き生きと入力してくれる姿をみると 新しい時代の到来を感じる。 そんな新旧の世代が一堂に会しての打上会での会話は 見ていてとても心強く楽しい。 私は1次会で帰ったが、聞けば3次会まで行って、 深夜2時まで語り合ったようだ。 ベテランの知識と若い人の行動力が組み合わされて 新しいパワーが出来てくればありがたい。 仕事のためにもまた彼らの力になるために ももっと勉強しなければいけないと思っている。

ふしぎな体験

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  あれはたしか平成19年の1月のこ とだった。 大阪の小児科の奥村輝 美という医師が午前中は診察、 午 後は退行催眠という潜在意識を動 かして 過去世の自分を思い出すと いう催眠術をやっておられた。 長い背もたれのゆったりした椅子 に座らされて 「現世のあなたに一番関係の深い過去世に戻ります。 これから階段を降りていくイメージを持ってください」 実は事前に1ヶ月間、寝る時に、 送られたCDを聞くように言われていて 催眠術に入りやすいように訓練されていた。 階段を降りて床に降り立った時 「足下に何が見えますか」 と聞かれた。 皮で出来たサンダルをはいていた。 そういうと 「目線を上げてください。 服はなにを着ていますか」 「ズンドウの服を着ています」 「外に出てください。なにが見えますか?」 「ここは港町です。」 そこから始まって、 その過去世は15世紀のイタリアの港町で 自分は港の管理人であること、 今の娘の一人がこの時代の妻であり 他の娘たちもこの時代の子供であったこと、 一番楽しかったのが当時パブの女主人で 今の家内とおしゃべりすることだった。 ショックだったのは その人生の最後が 馬小屋の2階から縄で首をくくっての死亡で、 管理していた港の帳簿を 説明できなかったのを恥じての自殺だった。 「この人生からあなたは何を学びましたか?」 「自分を責めない。人も責めない、ということです。」 リアルでショッキングな体験だった。

なんのさなぎ?

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  毎朝、勤行と称して事務所の 周りの石仏にお参りしている が、 玄関の横の小さなお地蔵 様の榊に 4㎝ほどのさなぎが 付いているのに気がついた。 この榊はおゆるしを得て お隣の木 からフェンス越しに頂いているが 、 さなぎが付いているまま切り取 ったものと思われる。 おそらくお 正月様に切り取った榊についてい たようだ。 生きているかどうか分 らない。 なんのさなぎかも分らな い。 ネットで調べてみると「クロアゲハ」の さなぎに似ているようだが 果たして羽化して貰わないとわからない。 ここのところ温かくなったり寒くなったり 寒暖差が激しいが 無事に耐え抜いて元気に飛び立って欲しい。

タヌ子三周忌

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 今月の22日が二年前の2022年2月22 日、 皮肉なことにスーパーネコの日に 車にひかれて死んだ タヌ子の三周忌と なる。 満2年になる。 事務所の書棚の 上に写真をかけて チャオチュール3本 にお花を供えてある。 4年、事務所で 飼った。 亡くなった当日、 二階から見 ていた女性スタッフが 「道向こうの空 き地で遊んで 満足そうに道路を渡ろう としていたところを見たけど、 その後 キューブレーキの音がした。 はっとし て玄関に降りたら、すでに倒れていた。 」 とのことだった。 寒く真っ暗な冬の 朝でも室外機の上で待っていて 車の横にボテっと降りてきた。 危ないたいといいながら抱き上げて 一緒に事務所に入るのが日課だった。 昼間は日だまりの中、 ネコベッドを作ってやってそこで寝ていた。 今ははちおがその代わりをしてくれている。 もそっときて小声でニャニャっとないて、 来たよと知らせてくれる。 やっぱりネコは欠かせない。

熊本城マラソン

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  今年も熊本城マラソンがや ってきた。 今年もスマホの 応援ナビを教えてもらって 参加者の氏名を入力すると 今どこを走っているか、 直 ちにわかるアプリを利用す ることにした。 昨年より今 年のアプリは使い勝手が良 いような気がする。 さて例のごとくコース最南端の約20キロ地点、 本田橋から右折して200mばかりの道路横に陣取った。 車は近くのお墓の空き地に止めた。 これも例年通りである。 みんなの状況をスマホで見ると まだ予定時間にちょっと早いが 土手の上を見るとアスリートたちが かなりのスピードで走っている。 1時間半で20キロだから相当できる人たちの集団である。 実行委員をやっておられる顧問先様から預かった応援グッズと わが社スタッフからの要望のバナナや飲み物などを持って 土手に上った。 わが社からは3人エントリーしたが 1人は練習中の負傷で出場断念、 1人は大ベテランでお孫さんと出場したが お孫さんに追い付けず、 かなりの疲労状態で私の応援地点にやってきた。 カルピスを混ぜたホットミルクコーヒーをちょっと飲んでまた走り出す。 同じ年代なので頭が下がる。 若手のもう一人はとうとう見つけることができなかったが 結果は5時間38分32秒であった。 時間がたつにつれ歩いて来る人が多くなって 最後はパトカー2台に バスが数台のろのろやって来るのが見えたので引き上げた。 いつも参加される顧問先様の奥様も元気に声をかけられたが 残念ながら途中リタイアされたようだ。 また何人かの知り合いの方も声をかけて頂いたが 普段のスーツ姿と違うランニングスタイルなので どなたなのか瞬間見分けつかず失礼したかもしれない。 また来年も皆さん元気に走ってもらいたいし 私も元気で応援したい。

カラオケ大会

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3連休の中日は山鹿市の市民交流セン ターでの カラオケ大会に出た。 家内 や娘がきっと演歌ばかりだから 違う ものにしたらと言うので 恥ずかしな がらプレスリーの 「好きにならずに いられない」を歌うことにした。 一 人3分間ということで演歌だったら 2番まで歌うのだが、 この曲はちょうど3分なので終わりまで歌うことにした。 なんせ160人の参加者だから 朝9時半に始まって ぶっ続けで夕方6時ごろまで続く計算になる。 私は67番だったのでお昼ごろに行っても 1時間ほど余裕があったが 舞台袖に行って受付をしないといけなかった。 この舞台袖の緊張感がなぜか好きで 40代のころ多方面の著名人をお呼びして 講演会の司会をやったことを思い出す。 だからと言って冷静でいることはなかった。 いつもあがって何をしゃべったか覚えていない。 今回も声をかけて頂いたSさまが撮った動画をみると プレスリーどころか村の爺さんが 歌詞を間違えないよう一生懸命マイクに歌っている姿であった。 けれど、振袖を着て舞いながら唄う高齢のご婦人や 金ぴかの背広と山高帽の紳士の皆さんと 完全に溶けこんでのカラオケ大会、楽しかった。 来月も誘われちゃったけど、どうしよう。

農業公園植木市

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 週末の土曜日、事務所にいたら ラインで 「植木市に行く?午前 中に行くけど」と娘から連絡が 来た。 瞬間、こりゃ行かなきゃ とピット来た。 最近どうも浮い ている感がして ここで拒否した ら父親として孤独感が増すばか りだと 直感したのだ。 家庭におけるこの後期高齢男子は これといってすることがなくなぜか微妙に薄寒く、 休日ともなれば NetflixかYouTubeに相手してもらうことになってしまう。 なので事務所へ出勤となる。 昭和において濡れ落ち葉族と言われ べったりくっつく嫌われ者にはなりたくない。 この日は何年振りかギターを持ち出し 誰もいない事務所で弾いてみたが、 もはや指が言うことを聞いてくれず指の腹が痛むばかり、 弾き語りどころではなかった。 そこへラインである。 即、応じて家族行動となった。 まずはお好み焼きに串焼き牛肉、 締めにアンマンをたべて、 本命、植木は玄関用シクラメン、寄せ植え鉢、 古物市で昔の秤を買って帰った。 あっという間の3時間であったが 家族感の回復はできたかな 。 だって、荷物重いでしょ、 はんぶんこして持とうかって言ってくれたもん。