歳を重ねると、夢にも年季が入るらしい。




若いころのように空を飛んだり、

敵陣に突入したりする景気のいい夢はめっきり減った。

その代わり、何度も繰り返し現れる妙な夢がある。

決まって私は合宿か研修のような場所にいる。

大きな旅館でもないのに、廊下はやたら長く、

曲がり角も多い。

さて自分の部屋へ戻ろうとすると、

どこだったのか似たような部屋ばかりで思い出せない。

荷物はどこへ置いたのか。財布は。資料は。

探しているうちにますます分からなくなる。

なぜか散歩に外へ出てみる。

今度は泊まっていた旅館そのものが見つからない。

確かこの辺だったはずだ、と路地を曲がり、坂を下り、また戻る。

ところが同じ旅館ばかりで

どの旅館だったかまったくわからない。

そうこうしているうちに、集合時間が迫る。

皆はもう整列しているかもしれない。

自分だけ遅れるのではないか。

胸がざわつき、足はもつれ、時計ばかり気になる。

そこでたいてい意識が遠くなる。

目を開ければ自宅の寝室で、

枕元には眼鏡も時計もちゃんとある。

ほっとする半面、なぜ同じ筋書きの夢ばかり見るのだろうと思う。

考えてみれば、人生そのものがそんなものかもしれない。

若いころは前だけ見て走っていたが、

この歳になると、自分はどこへ向かっているのか、

何を大事に抱えてきたのか、ときどき確かめたくなる。

夢の中の旅館は、ひょっとすると人生の宿なのだろうか。

もっとも、そんな哲学めいたことを考えても、

次の晩になればまた私は長い廊下を右往左往しながら、

「部屋はどこだったかな」と慌てているのである。

年齢を重ねても、人間というものは案外変わらない。

むしろその慌てぶりこそが、自分らしいのかもしれない。


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