投稿

南九州税理士会総会

イメージ
  先週は大分で南九州税理士 会(熊本、大分、宮崎、鹿児 島) の総会がホテル日航大 分であった。 税 理士仲間5 人で参加した。 事前に議案 が郵送されていて 質問も執 行部宛てに知らせてある。 質問者はいつも、私たちの他は1人か2人しかいない。 ほとんどの会員は シャンシャン手拍子で終わるのが良い総会だと思っている。 私は租税教室(税理士が小、中、高の学校に行って 租税について授業をする)が 鹿児島県の実施回数が 他県の倍の231回も 実施されている すばらしさとその内容について、 また予算の段階でマイナス5000万を計上する理由等 4点について質問をしたが、 なんとも後味の悪い回答しかなかった。 終わっての懇親会で役員の本音を聞くことができたが、 やはり上部団体の連合会からの指示に 従っている部分があって歯切れが悪くなっているようだ。 官公庁の仕組みと同じように知らぬ間に 上意下達の組織になってしまわぬように 注意しておかないといけない。 税理士会は良心に基づく納税者保護の使命があるのだから。

互栄会 解散

イメージ
  NHKのアナウンサーであり、 ベストセラー「気配りのすすめ」の著作者でもあった 鈴木健二氏が1988年に熊本県立劇場の館長として 熊本に赴任してきたとき、 地元の文化振興のひとつとして始められたのが 日常塾であった。 一クラス20数名で三ヶ月12回3時間のセミナーで、 年に午前と午後の6クラスの編成で、これが10年続いた。 単純計算で1200名以上が受講したことになる。 そして、私たち5期の午前組「5A」クラスは終了してからも 「互栄会」と銘打って自主的に勉強を続けることになった。 初代会長S氏は偶然、私が陸自の幹部候補生だったときの 戦術教官であった。 なので彼が怪我をして会長を辞退した後、 私が引き継ぐことは必然となる。 年2回、持ち回りで各地の史跡をめぐり研修会を実施し、 ときには鈴木先生を交えての例会もあった。 25周年には文集を編纂し他のクラスとは別格の結束力を示し、 鈴木先生にも喜んで頂いた。 ただ会員の年齢も進み、物故者も増え、 ついに鈴木先生すらも今年3月に95歳で亡くなられた。 そしてこの週末、残っている会員7名が集合し 最後の会として互栄会を閉じることとなった。 平成2年から34年良く続いたと思う。

はちおのママが来た

イメージ
  朝、室内で体操していたら早朝にも かかわらず 「おはようございます」 と声がかかった。 上半身裸で体操し ていたのであわててシャツを着て 裏口を開けると、はちおのママと 足下に、はちおがいた。 「ありが とうございました。 カリカリごは ん、いただきました。」 実は、はちおママから 一輪車満載のトウモロコシを頂いていて、 そのお礼に昨日カリカリ御飯袋二個を持っていったのだが 留守だったので玄関に置いて来たのだ。 歩いて5分のところの豪邸がはちおの本宅だ。 ママが「今日は、モカと来ました。」 事務所では、はちおと呼んでいるが、モカが本名なのだ。 なのでHPではモカはちおと書いている。 ママとは何度会っても苦手でどうも不倫意識が抜けない。 はちおはかまわず事務所の中へトコトコ入っていって 「爪とぎ」を通り越して室内に入っていった。 「まあ、爪とぎまで買って貰ったんですね」 「よろしくお願いします」と言ってママは帰って行った。 本当はチャオチュールも一緒に上げようと思ったが、 チャオチュールを持っていったら本宅で満足して ウチに来なくなるかもと言う意見があったので カリカリだけにしていたのだった。 複雑な想いなのだ。

南九州税理士会総会

イメージ
  今まで20年近く税理士会の総会に出なかったのだが 昨年から必ず出ようと決心した。 あまりにも若い人の選挙の投票率が下がって 政治への関心がなくなってきていると感じたからだ。 それがなぜ税理士会と関係があるのか。 税金の使われ方が政治と言っていいと思うからである。 納税した税金が 本当に日本国民のためにのみに 使われていなければ 本来の税金の意味がない。 税理士の使命の中に 納税者の納税意欲の醸成というものがあるならば、 まさに納税者に政治活動の正当性を監視し、 税金の納得できる使い方を認識して貰うように 働きかけないといけない。 それは税を扱う税理士として当然の義務であると思うからである。 自民党は国民の納税額から 政党交付金160億円をただで貰っておいて、 寄付として90億円合計250億円(R4総務省)貰っている。 にもかかわらずパーティ券事件が日常的に行われていることが露見する。 そして突如として定額減税が 事務方の迷惑も顧みず実施される。 こういった立法行政の指導者のありかたに、 どうせ政治は我々とは 無縁のところで動いていると思わざるを得ないところに 税務署の調査がある。 調査官には罪はないのだが複雑な想いがする。

キビなう

イメージ
  自宅にいる「キビダンゴ」略してキビは今月末で一歳になる。 去年7月13日、 T社の倉庫の下にいた野良ネコだった彼女を 引き取って 獣医さんに見て貰ったら生後二、三ヶ月でしょう と言われたので 三女の誕生日にあわせて5月31日生まれということにした。 T社の総務部長さんから「カラスにねらわれているんです」 という言葉にショックを受け、 あれよあれよという間に我が家のネコになってしまった。 家内はいきなりの子猫受け入れに 「とりあえず受け入れて貰い手が見つかったら 出て行って貰う」 と言うことで自分を納得させたようだ。 と言うのも二ヶ月前にペキニーズの大輔を亡くしたばかりで ペットロスが激しく、気持ちの整理が出来てなかったのだ。 一年たった今は堂々と我が家のイニシアチブを確保し、 行動範囲も二階にまで進出し 急な階段もパラパラと上り下りしている。 ただ、心配なのが玄関先に寝そべっているとき、 誰かが帰ってきて開けたドアから飛び出さないかということだ。 完全に家飼いなので外に出たら大変なことになる。 まあなんだかんだ言っても、 いつの間にか一才になったわけだ。 5月31日はお誕生日会と言うことになるだろう。

始皇帝

イメージ
  動画サイトAmazon primeの 中国ドラマ 「始皇帝 天下 統一」にハマってい る。 全 78話で今70話まで見た。 漫画の「キングダム」は同 じ秦時代ではあるが 主人公少年信の出世がストリーの中心となっていて これも面白い。 ドラマの方は秦王の政の物語である。 趙国の人質の子として生まれ、 数々の苦難を乗り越えて中国7カ国を統一する長編物語で 制作費165億円と言うだけあって、衣装、宮廷、戦闘場面など、 NHK大河ドラマ「どうする家康」なんぞ あほらしく思えるほどの規模である。 思い返しても「どうする家康」で 騎馬で突進する場面があって、 その時の馬達が一瞥してCGの絵と分る幼稚なもので、 「ここCGだけど勘弁してね。わかってね。」 と言ってる場面があっちこっちに多用され、 天下のNHKが恥ずかしくないのかと思って見るのをやめた。 「始皇帝」で感心したのが 字の統一を領土の統一に先駆けて考えていたことである。 同じ意味の字がいくつもの形の字で表されているのを 一つに統一しようとして他国の反発を食らう場面があった。 車の幅の規格とか度量衡だとかバラバラだったのを 中国全土に広めようとしていた。 現在のグロバール化を連想させ複雑な想いがする 。 あと7話しかないが昼休みが楽しみである。

「聴す」

  あるコーチングの先生から 「聴す」と書いて「ゆるす」と読むと教わって、 なぜそう読むかcopilotに聞いてみた。 ・・・ 「聴す」が「ゆるす」と読まれる理由は、 漢字の成り立ちとその象徴的な意味に由来します。 漢字「聽」は形声文字であり、 その構成要素は以下の通りです。 耳:この部分は聞くことを意味し、 傾聴する行為を象徴しています。 王:これは「玉」とも関連があり、 貴重なものや尊いものを示します。 十、四、一:これらは「聴」の旧字体「聽」に見られ、 正しい心を持って耳を傾けることを意味するとされています。 心:感情や心情を表し、聞く行為が心に及ぶことを示しています。 「聴す」が「ゆるす」と読まれるのは、 耳を傾けて真摯に聞くことが、相手を理解し、 受け入れることにつながるという考え方からきています。 つまり、相手の話を聞くことで、 その人の意見や行動を許容する、 すなわち「許す」という意味合いになります。 このように、漢字「聴」は、 聞くことが相手に対する理解と受容につながるという 深い意味を持っているのです。 また、「聴」の右側の部分は、 「徳」の右側の部分でもあり、 「徳」の異体字ともされています。 徳のある人は、人の話をよく聴くことから、 「聴」という漢字は、 「徳をもって耳を傾ける」という意味にも解釈できます。 この解釈は、人の話をよく聴くことの重要性を示唆しており、 コミュニケーションにおける傾聴の価値を強調しています。 ・・・ と文章が流れてきた。 copilot恐るべし。 いや中国5千年の文化自体のすごさに感動すべきか。